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『ゲームボーイ』を変えた、任天堂・山内溥社長の「二つの逸話」

http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20081013

僕がゲームボーイにはじめて触れたとき、「これ、けっこう残像が目立って、目が疲れるなあ」と感じたものでした。たしか、そのときに遊んだゲームは『スーパーマリオランド』。
まあ、その違和感は、作り手の工夫もあってあまり意識しなくなっていったのですが、あの液晶は「コスト重視でやむなく選ばざるをえなかった」わけではなくて、「山内社長の意向で選ばれたもの」だったんですね。
たしかに、その後のゲームボーイの大ヒットを考えると、山内社長がTN液晶のゲームボーイに「ダメ出し」をしたことは「正解」だと思われます。
当時の開発陣は、「携帯ゲーム機」としてゲームボーイを開発しながらも、「まあ、それでも外で、陽のあたる場所で遊ばれる機会はそんなにないはず」だと考 えていたようです。「天気のいい日に、わざわざ外で『テレビゲーム』をやる子どもは少ないだろう」というのが、あの頃の「常識」でしたし。
そして、「悪条件のもとでの見やすさ」よりも「想定された条件(屋内や比較的暗い場所)での画面の美しさ」を意識してTN液晶を選んだのは、当然の判断だったはず。
ところが、山内社長は、「開発陣が想定していなかった画面の見かた」をして、それが「見えにくい」ということにこだわりました。

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しかし、結果的に、この「選択」がゲームボーイの大成功につながったのは間違いありません。やっぱ り、最初に触ったときに「画面が見にくい」と感じさせるのは大きなマイナスでしょうし、これは山内社長にとっても想定外だったのかもしれませんが、ゲーム ボーイによって、「晴れた日に屋外でテレビゲームをする」ことが「新しい常識」になっていったのですから。

結果的に、「限られた条件での最良を目指す」よりも、「どんな条件のもとでもそれなりに対応でき る」ことを重視した山内社長のほうが、開発陣よりも「子どもたちの目線に近かった」ということなのでしょうね。この「鶴の一声」に誠実に対応した当時の開 発陣もすごいとは思いますけど。